《「WEB版美術手帖2020-2021展覧会レビュー連載」について/制作ノートとして》
飯岡陸

それまで単発で執筆を行なっていた『ウェブ版美術手帖』編集部から展覧会レビュー連載の依頼があったのが2020年3月。その直後に東京ではじめての緊急事態宣言が発令され、美術館やギャラリーなどが一斉に臨時閉館することになり、6月にエドワード・ヤンの映画『ヤンヤン 夏の想い出』から連載を始めることになりました。2021年9月までの全9回の執筆を貫く問題意識は「この世界で起きている様々な物事の連鎖、あるいは伝播に意識を払い、芸術実践について記述すること」ということができるかもしれません。それは現在まで続く新型コロナウイルスの感染流行のただなかに芸術について考えることです。

世界の絡まり合いの組み替えとして芸術実践を捉えること。(作品を美術史の上に位置づけるのではなく)作品の内部でどのように美術史内外の(そしてトランスナショナルな)事柄や芸術作品が参照され、扱われているか。そうしたアーティストの実践/展覧会のビジョンをどのように翻訳するのか?ということが念頭にありました。

"「善いケア」を言語化することは、事実を記述し、世界の現状を語ることではない。さらには、ケアの実践に対する評価や(実証的な)判断でもない。そうではなく、これは「介入」である"
──アネマリー・モル『ケアのロジック:選択は患者のためになるか』(田口陽子+浜田明範訳、水声社、2020年)


1.「倫理としての群像劇」エドワード・ヤン
2.「知としての光」ヨコハマトリエンナーレ2020
3.「抵抗としての私」Ryu Ika
4.「触媒としての親密さ」斎藤玲児+地主麻衣子
5.「合唱としてのヴァナキュラー」小松千倫
6.「政治としての口腔」良知暁
7.「沈黙としての風」聴く─共鳴する世界
8.「独白としての星雲」ジギタリス あるいは1人称のカメラ
9.「境域としての身体」MOTアニュアル:海、リビングルーム、頭蓋骨


読んでいただいたみなさま、執筆するうえでご協力いただいたアーティストや関係者のみなさま、様々な方向から意見をくれた友人たち、そして1年に渡って並走していただいた編集部の森さんに感謝申し上げます。